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【学校との連携⑭】「通知票」について②教育における「評価」の目的
知ってる方も多いと思いますが、「通知票」には法的な根拠はありません。
作らなくてもいいものですし、当然決まった書式もありません。
廃止してしまった学校もあります。
忙しい学校の先生が、それでも「通知票」を作る理由
「学期末は学校の先生は通知票で忙しい」という話はよく聞くと思います。
作らなくてもいいものを、学校の先生は学期末の忙しい時期に、時間をかけて懇切丁寧に作っているのです。
教師の働き方改革が叫ばれて久しく、部活動の外注など業務のスリム化も行われていますが、「通知票」は未だに残っている学校が多いのではないでしょうか。
(廃止した学校がニュースになるくらいなのですから、まだ多いのでしょう)
なぜか。
それは「通知票」がまさに教育の一環として非常に重要だからだと私は考えています。
厳密に言えば、「通知票」が大事なのではなく、「評価」が大事なのですが。
教育における「評価」の目的
学校教育における「評価」とは、テストをすることでも、成績をつけることでもありません。
「評価とは教育そのもの」です。
評価なくして教育なし、そのくらい大事なものです。
評価には2つの目的があると言われます。
1.学びや教育活動の成果を測定し価値をつける
2.評価の結果を指導や学習に役立てる
一般的に「評価」と言った場合にイメージするのは1.の「価値をつける」ではないでしょうか。
テストや、学期末のABCなどでの評価、入試などのイメージです。
しかしより重要なのは2.の目的での評価です。
教育や学びを見直し、改善していくために行うのが評価なのです。
「指導や学習」「教育や学び」と書きました。
これらはそれぞれ主体が違います。
大まかに、「指導」と「教育」は教師が行うもの、「学習」と「学び」は子どもが行うもの、と考えてよいでしょう。
つまり2.の目的での評価は、子どものためだけでなく、教師のためにも行うものでもあるのです。
「評価」を学びに役立てるには
では、評価の結果を子ども自身の学びに役立てるには、どうしたらよいでしょうか。
その評価を教師が持っているだけでなく、子どもたちにフィードバックしなければなりません。
このフィードバックは、学習活動のあらゆる機会を通して行われます(小テストや定期テスト、実技テスト、ポートフォリオ、普段の声かけ、などなど)。
つまり評価というのは、学習活動の中に組み込まれているものなのです。
そして学期末にその集大成として行われるのが「通知票」だということです。
先ほど「通知票」がまさに教育の一環として非常に重要だからと書きましたね。
多くの学校で通知票が廃止されないのは、部活動と違い通知票は「教育そのもの」だからだということです。
「評価」は学びに役立つものでなければならない
以上のことから導き出される結論として、「「評価」は学びに役立つものでなければならない」と私は考えています。
ここまでくるとだいぶ言いたいことが見えてきたのではないでしょうか。
評価の集大成である「通知票」はどうあるべきか。
「「通知票」は子どもたちの学びに役立つものでなければならない」のではないでしょうか。
そうでなければ、通知票の存在意義はありません。
しかし、しかしですよ。
その「通知票」が、よりによって子どもたちを傷つけ、学びへの動機づけを損なうものになることがあるのです。
そんな通知票だったら、ない方がマシです。
だから通知票というのは、子どもたちを認め、暖かく励まし、学びを動機づけるものでなければならないのです。
ですので、もし教師が教育における評価の意味を正しく理解していたら、音楽の成績を「評価不能」にするなんてあり得ないことのはずなのです。