【ブログ】「話せるようになる」ための500の方法

2024-03-27 16:00:00

【高校生、女性】約1年間のカウンセリングで顕著に症状が改善したケース

【対象】まきこさん(仮名)女性

高校2年生で相談開始

 

【概要】

約1年間、6回のカウンセリングで顕著に症状が改善した高校生の女性です。本人と相談しながら話す練習に取り組み、同級生の前でも声が出せるようになりました。

初回から本人とは筆談で聴き取りをすることができました。

面談は2ヶ月に1回程度の頻度で行いました。「話す練習」の宿題の達成状況を確認して、次のステップを一緒に考えるという方法で、話せる相手や場所を増やしていきました。

 

 

面談1回目:アセスメント、目標と練習メニューを考える

 

まきこさんは小学2年生の途中くらいから学校で話せなくなり、それ以降現在まで緘黙症状が続いているとのことでした。初回は母親から緘黙症状や生育歴等を詳細に聴き取り、まきこさんとも筆談でやりとりをしました。

まきこさんから「話せるようになりたい」という強い意志が確認できたので、「話す練習」に取り組むことにしました。私から練習方法の概要を説明し、「目標」を考えるところから始めました。

相談しながら考えた結果、目標を「担任のA先生と、学校で話せるようになりたい」に設定しました。またこの目標を達成するための練習の方法として、まずは「放課後に教室で、A先生に教科書を音読する」に取り組むことにしました。

 

 

面談2回目~5回目:話す内容や相手がステップアップ

 

「話す練習」は宿題形式で実施しました。毎回の面談で練習方法を相談し、その結果を記録用紙に書いてきてもらうという方法です。

毎回の話す練習(宿題の内容)は、次のようにステップアップしていきました。

1回目:「放課後に教室で、A先生に教科書を音読する」

2回目:放課後に教室で、A先生に教科書を音読する。できればしりとりもする」

3回目:「放課後に教室で、A先生からの簡単な質問に答える。できればテーマを決めて話す」

4回目:「放課後に教室で、B先生からの簡単な質問に答える」

5回目:「休み時間に教室で、A先生とテーマを決めて話す」

面談は概ね2ヶ月に1回の頻度で行いましたが、その間に毎回5~7回くらいの練習を行ってくることができました。

 

(3回目の面談時の記録:一部抜粋)

日付 場所 活動(状況の説明) 不安レベル
○月○日 A先生 教室(放課後) 教科書の音読(5行) 3.3
○月○日 教科書の音読(2段落) 3
○月○日 教科書の音読(4段落) 3
○月○日 教科書の音読(2段落)・しりとり 3.2

 

5回目の面談では、3学期に学習成果の発表のプレゼンテーションがあるので、それができるための方法を相談しました。録音よりも自分の声で発表したいとのことだったので、A先生に練習の機会を作ってもらって、しっかり練習してからみんなの前での発表に臨むことになりました。

 

 

面談6回目:クラスで発表ができた

 

プレゼンテーションは、とても緊張したけれど無事に行うことができたとのことでした。まきこさんが同級生の前で声を出すことができたのは、小学校低学年以来だそうです。

同級生には事前に担任のA先生から、まきこさんが声で発表することを説明してありました。そのためまきこさんが話してもみな特に驚いたり、過剰なリアクションをしたりすることもありませんでした。

また発表後に何人かの同級生がまきこさんに話しかけてくれて、ことばを交わすことができたそうです。

 

 

【解説】

比較的短期間で緘黙症状が改善したケースです。緘黙症状が続いていた期間は小学2年生から高校2年生まで約8年間でしたが、「話す練習」に取り組んでからは約1年間で症状が改善しました

他のケースでも同様ですが、まきこさんの話す練習が上手くいったのも【WPC】の3要素が揃っていたからだと言えます。

 

【W(本人の意思)】本人が「話せるようになりたい」と思っていた

【P(綿密な計画)】面談で本人とのやりとりができ、一緒に計画を考えることができた

【C(関係者の連携)】高校の先生の協力を得て、練習が継続して行えた

特にまきこさんの場合、本人自身の「話せるようになりたい」という気持ちが強かったことが、練習が短期間で進んでいった要因ではないかと考えています。

 

 

 【注意点】

事例の紹介にあたっては、本人及び家族の同意を得ています。

ただし個人に関わる情報ですので、転載は絶対にしないでください

また必要に応じて細部を改変していますので、事実と異なる場合もあります。

 

この事例の紹介はあくまで個別のケースに対して上手くいった方法です。

同様の方法を行っても、他のケースに対しては効果がない場合もあります。

練習メニューを考えるにあたっては、様々な要素を慎重に考慮した上で、個々に応じた方法を選択するようにしてください。

 

2024-03-09 09:00:00

【高校生、女性】メタバース「cluster」で相談を続けている子

【対象】あかねさん(仮名)女性

中学生から相談開始、現在は高校生

 

【概要】

「cluster」というメタバースを使って相談を続けている高校生の女の子です。今の環境では学校で同級生と話すのは難しいけれど、大学に進学したときに話せる状態でスタートできることを目指して練習をしています。

初めは保護者を通じた面談でしたが、次第に本人と直接やりとりができるようになりました。現在は保護者を介さずに本人と直接やりとりをしています。

面談は2、3ヶ月に1回くらいの頻度で行っています。その時々の困っていることなどについて、本人と一緒に考えながら少しずつステップアップを続けています

 

Cluster面談.png

 

メタバースを使った面談

 

実は「いちりづか」の面談でclusterを使えるようになったのは、あかねさんのお陰です。

あかねさんとは中学生の頃から相談を受けていたのですが、当初はオンラインの面談で保護者を通じてやりとりするのが主でした。あかねさんは以前からよくclusterを使っていたため、「clusterだったら直接話せるかもしれない」ということで、私も試しに使ってみたのが始まりでした。

ですのではじめは、clusterの使い方もあかねさんに教わりながらやってみたのでした。

 

あかねさんにはcluster以外にも、アバターの作成や声の編集などで使いやすいソフト、メタバースでの話す練習で使えるマイクなど、色々教えてもらってとても助かっています。

 

 

大学進学で緘黙症状の改善を目指す

 

あかねさんの緘黙症状はもうかなり改善しているのですが、今通っている高校で話すことは難しいようです。

ですのでメタバースの中での話す練習や、お店の人と話す練習、初対面の人や知らない人と話す練習などによって、高校以外で話せる相手や場面を広げています

 

本人と直接色々なことが話せるので、効果的な練習方法も考えやすいです。

これまでも「上手な発音の仕方」「声を大きくするにはどうしたらいいか」「学校の研修旅行が不安」など色々なことを相談してきました。

 

あとはその時々の不安や悩みなどを解決しながら、新しい環境でいいスタートをすることができれば、緘黙症状の問題は解決すると思っています。

 

2024-03-03 16:00:00

【中学生、女性】不登校の状態でも緘黙症状が改善してきた子

 

【対象】はるかさん(仮名)女性

相談開始時は中学1年生

 

【概要】

小学校低学年から緘黙症状があり、高学年からは学校に行けなくなってしまった中学生の女の子です。イラストがとても上手で、雑誌やSNSに投稿したり、イベントで販売したりもしていました。当初から「友だちと話せるようになりたい」という気持ちがあったので、学校に通うことよりもまずは緘黙症状の改善を目指しました。友だちとのメールの交換から練習を始め、途中からは中学校の先生とも話す練習を行うことにしました。相談開始から半年程で練習の効果が出始め、学年の終わりには話せる相手が増えてきました

 

【練習の経過】

はるかさんとは2ヶ月に1回程度のペースでオンラインでの面談を継続し、話せる相手や場面を増やす練習について相談しました。はるかさんとの面談は、文字チャットか母親を通した聴き取りで行いました。

はるかさんとの相談の経過について、時系列で見ていきましょう。

 

面談1回目(4月):目標と練習メニューを考える

・母親から現在の状態を詳細に聴き取った後、はるかさんと文字チャットでやりとりをしました。「学校で友だちと話したい」という気持ちがあることが分かり、さらに詳しく聴いていくと「特定の友だち(やよいさん)と話せるようになりたい」と思っていることが分かりました。そこで「話す練習」の進め方について説明し、どんな練習ができそうかを相談しました。はじめから声で話すのは難しいようでしたが「メールのやり取り」ならできそうだということで、しばらくは「やよいさんとメールのやり取りをする」という練習をしてみることにしました。

・学校は、他の生徒がいたり注目されたりするのが怖く、今は日中は行けないとのことでした。週1回、放課後に行く取り組みをしていたので、このときに担任の先生と話す練習ができそうか考えてみることにしました。

 

面談2回目(6月):メール交換からビデオ通話でのチャットへ

・宿題にしたメールのやり取りは5回行うことができました。不安レベルが少しずつ下がってきたので、次のステップに進むかを相談しました。どんな方法が出来そうかを考えた結果、「ビデオ通話のチャットで話してみたい」ということだったので、これを次回までの練習メニューにしました。時間差のあるメールのやり取りから、リアルタイムでのチャットに前進です。

・担任の先生との練習については、会うことはできても声を出すことはできなかったようです。はるかさんと相談の結果、中学校の先生と話す練習はしばらく行わないことにしました。

・イラストをSNSに投稿し始めたところ、知らない人からいいねやメッセージをもらうようになり、自分でも返信するようになったとのことです。またフリーマーケットで自分のイラストのポストカードを販売する機会もあったそうです。

 

面談3回目(8月):練習が停滞、学校外では活動の幅が広がる

・今回ははるかさんは面談には不参加だったため、母親から最近の様子を聴き取りました。

・ビデオ通話のチャットは練習できているものの、かなり緊張が強い状態が続いており、練習が少し負担になっているかもしれないとのことでした。一方学校外では活動できることが増え、遠出をしたり、別の友だちの家に遊びに行ったりすることができたとのことでした。

・「練習が負担なようなら休むか、内容を考え直してもよいので、本人とよく相談してみて」「普段の生活の中でできていることがあるので、今の時点では話す練習ができなくても、そういったことが広がっていくことが大切」と母親にお話ししました。

 

面談4回目(11月):「先生と話せるようになりたい」

・はるかさんとは前々回から5ヶ月ぶりの面談でした。友だちのやよいさんとのビデオ通話はお互いの顔が見える状態だと緊張するとのことでしたが、絵しりとりのときに声を出せることが何回かあったそうです。これについては同じ練習を続けることにしました。

・今回はじめて、「中学校の先生と話せるようになりたい」という意思が示されました。「先生の前でお母さんと話すのができそう」とのことだったので、「週に1回、放課後学校に行った際に、職員玄関で担任の先生の前でお母さんと話す練習をする。話す内容は「今日あったこと」で、母親から「何の絵を描いたの?」のような質問ししてもらってそれに答える」という練習を行うことにしました。

 

面談5回目(翌年1月):症状が改善し始めた

・この頃から、少しずつ家庭以外で話せる場面が出てきました。やよいさんとのビデオ通話では「こんばんは。」と言えたことをきっかけに、フリートークもできるようになったそうです。なぜ話せるようになったのかをはるかさんに聞いてみましたが、「分からないです」とのことでした。

・学校でも、知らない先生に声をかけられて返事ができたというエピソードがありました。「中学校の先生(全員と)と話せるようになりたい」「中学校に行けるようになりたい」という気持ちがはっきりとあることが分かったので、担任の先生と直接話す練習の計画を立てました。「週に1回、放課後学校に行った際に、担任の先生としりとりを30回する」という練習を行うことにして、できそうなら「先生からの質問に答える」にステップアップしていくことも確認しました。

・学校外では、市の教育支援センター(教育委員会の設置する不登校の子のための教室)に1年ぶりに通うことができ、先生の前で母親と話すことができたとのことでした。また母親の知り合いの人と話せたなど、家以外で話せる場面がありました。

 

面談6回目(翌年3月):症状が大幅に改善

・やよいさんと2年ぶりくらいに直接会う機会があり、対面で話すことができたとのことです。現在はビデオ通話ではかなりおしゃべりをすることができるようになりました。

・担任の先生と話す練習(しりとり)は5回行いました。教育支援センターにも定期的に通い始め、そこの先生とは何度か会話をすることができました。中学校よりも教育支援センターの方が「不登校の子専門のところだから安心する」ので話しやすいとのことでした。

・大きなコンベンションセンターで開催された通信制高校の合同説明会に参加し、色々な学校の情報を収集したり、担当の先生と話したりできたそうです。はるかさんの中で中学卒業後から将来の夢である「イラストレーター」になるための道筋をしっかり思い描くことができ、「同い年の友だちと話せるようになりたい」「みんなについていける学力をつけたい」「イラストが専門的に学べる学校に行きたい」といった目標が明確になりました。

・中学2年生になるに向けての目標として、学校に通う日数を増やすよりも、「新しい学年の先生と話せるようになること」を目指すことにしました。4月になったら「新しい担任としりとり」から練習を始め、「他の教科の先生としりとり」にも挑戦してみることにしました。

 

【解説】

ほとんど学校には行けない状態でも、しっかりステップを踏んで練習を進めていくことで緘黙症状の改善につながっていきました。

はるかさんについては緘黙症状の改善をSMQ-Jという尺度で記録しましたのでご紹介します。SMQ-Jは「Ⅰ社会的場面」「Ⅱ学校場面(教師)」「Ⅲ家族関連場面」「Ⅳ学校場面(同級生)」の4つの場面について、どのくらいの頻度で話せるかを03で評価するもので、数字が大きいほどよく話せていることを示しています(各領域の最大値は3)。この図から、3領域で症状が改善していることが分かります。なお「Ⅳ学校場面(同級生)」が0なのは、緘黙症状だけでなく「学校に通えていない」ことが理由だと考えられます。

はるかさんSMQ-J.png

では、はるかさんの話す練習が上手くいっている理由を考えてみましょう。

こちらの記事で緘黙症状改善のための3要素【WPC】について述べましたが、はるかさんの場合はどうだったでしょうか。

W(本人の意思)】本人が「話せるようになりたい」と思っていた

P(綿密な計画)】面談で本人とのやりとりができ、一緒に計画を考えることができた

C(関係者の連携)】友だちや中学校の先生の協力を得て、練習が継続して行えた

 

はるかさんの場合は、WPCのすべての条件が揃っていたことが分かります。Pについては約2ヶ月に1回の頻度で面談をしていたので、その時々の状況に応じてかなり詳しい計画を立てることができました。

Cに関しては、家族の協力がしっかりとあったことも大きいです。学校に行きづらいはるかさんを暖かく見守りながら、学校以外でできる活動を広げていった点が症状の改善につながったのではと思います。

なお、はるかさんと私の面談は、現在の時点でも「文字チャット」か「母親を通した聴き取り」です。別の記事でも書きましたが、このように、カウンセラーと直接話せなくても緘黙症状の改善はできるということも、ぜひ知っておいてください。

 

はるかさんとの面談はこれで終了ではなく、ここからまだ症状が改善していくことが期待できます。また別の機会にご紹介できたらと考えています。

 

 【注意点】

事例の紹介にあたっては、本人及び家族の同意を得ています。

ただし個人に関わる情報ですので、転載は絶対にしないでください

また必要に応じて細部を改変していますので、事実と異なる場合もあります。

 

この事例の紹介はあくまで個別のケースに対して上手くいった方法です。

同様の方法を行っても、他のケースに対しては効果がない場合もあります。

練習メニューを考えるにあたっては、様々な要素を慎重に考慮した上で、個々に応じた方法を選択するようにしてください。

2024-02-24 09:00:00

緘黙症状が治った方からのお便り

数年前に相談を受けたかたから、話せるようになりましたという嬉しいお便りをいただきました。

許可をいただいたので、一部改変して転載します。

 

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メールで失礼致します。どうしてもお伝えしたかったことがあります。

5年ほど前だったと思います。

当時、小学生の娘が場面緘黙の症状があり、初めて面談させていただきました。その面談から娘は少しずつ改善されているのが目に見えてわかりました。今、中3で公立の受験結果の発表待ちです。自分で行きたい高校を見つけ、それに向かって頑張ってました。小学校時代、大人や先生とも話せなかった娘が中学校では普通に校長や先生と話せるようになりました。中3のクラスは男女とも皆が仲良く、受験の間も幸せそうでした。とうとうあと数日で卒業です。

一歩を踏み出すことができて本当に良かったです。感謝申し上げます。

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一番の転機は中学校選びとのことでした。

この方のお住まいの地域では、希望すると学区外の公立中学校に進学することができるそうです。

中学校では小学校の時のことを知らない子ばかりのところに行きたい!」と言って自分で進みたい公立中学校を決めました。

こうして中学校で話せるようになっていったそうです。

 

メールには運動会のことも書いてありました。

低学年の運動会では、団体でのダンスや体操など全くその場から動かないため、一人だけ目立っていたそうです。

皆は動いて場所移動をして踊っているのに我が子だけ直立不動のため、カメラとビデオを構えている私は、すぐにどこにいるか見つけることができました。それが高学年に近づく頃から、運動会で団体での体操やダンスをするようになり、我が子がどこにいるか分からなくなりました。姿が分からず、娘がどこにいるか分からないことで、ウルウルとこみ上げました。この集団の中で娘が普通に皆と踊ってる…と。嬉しかったです。」

 

保護者の方で、こういう経験をしたことがある方はたくさんいらっしゃると思います。

場面緘黙というのは「話せないこと」だけに注目してしまいがちですが、ほとんどの場合、話すこと以外の様々な行動の抑制が伴います。

「参観日に見たら顔が能面のようだった」「休み時間に一歩も机から離れられない」「手を引かれないとトイレに行けない」といったエピソードもよく聞きます。

それが次第に緊張がほぐれ、体が動くようになり、表情が出せ、非言語的なコミュニケーションがとれるようになり、やがて声が出せるようになっていきます。

 

ですので、焦らず少しずつできることを増やしていき、適切なタイミングがきたときに話せるように背中を押してあげることが大切だと考えています。

そして「いつか話せるようになる」という明るい希望がもてていることが、こういった長い道のりを進んでいくための大事な原動力になるのだと私は思っています。

 

2024-02-14 16:00:00

【高校生、男性】録音を聞かせる練習からオンラインでの会話へ

【対象】まことさん(仮名)男性

相談開始時は高校1年生

 

【概要】

スマホでメッセージを録音してメールで送ってもらう、という練習をしました。もともとは友だちと練習する計画だったのですが、友だちがあまり頻繁に練習に協力してくれなかったため、私にメッセージを送ることになりました。徐々にステップを上げていき、この練習を開始してから3ヶ月ほどでZoomの面談時に録音ではなく直接声での応答ができるようになりました

 

【練習の経過】

まことさんは強い緘黙症状があり、家族以外と話すことができません。高校1年生のときに私との面談を開始しました。本人には「話せようになりたい」という意思があったので、本人と相談しながら練習を進めていくことになりました。(なお面談では直接私と話すことはできません。カメラ・マイクOFFにしてお母様と相談してもらう、という形で本人の意思を聴き取っていきました)

当初の目標は「友だちと話せようになりたい」。まことさんには声では話せないですがオンラインゲームを一緒にやったりする友だちがいます。ゲーム中も話すことはできませんが、この友だちと話せたらいいなということで目標に設定しました。

練習の方法をまことさんと色々相談していく中で、「録音した声を聞かせるならできるかもしれない」と分かり、試してみることにしました。何もないところから録音を送るよりも、「友だちから質問してもらってその答えを返す」方がやりやすそうだということで、友だちに協力をお願いして練習をしていくことになりました。

実際にやってみると、友だちからの質問(好きなゲームの話題など)に単語で答えを録音して、送信して聞かせることができました。不安レベル(どのくらいその行動の不安度が強いかを1~5で記録してもらっています)も1や2のことが多く、無理なく練習が続けられることが分かりました。

 

ですがここで1つ大きな問題がありました。友だちがあまり練習に協力してくれず(拒否ではなく、単に頻度が多くないだけ)、練習が進んでいかないのです。

話す練習をどのくらいの頻度で行うかは人によって異なりますが、どのケースでも「最低でも2週間に1回(月に2回)」は行うように説明しています。本当は週に1回くらいできた方が成果はでやすいのですが、相手の都合で毎週はできないというケースはよくあります。それでも「2週間に1回」を下回ると、練習の機会が少なすぎて成果がでづらくなります(例えば2学期の4ヶ月間でも、2週間に1回のペースだと10回も練習できません)。ですので、現実的に練習の頻度が「2週間に1回」を下回るような場合は、練習の方法自体を見直して、より回数ができる練習方法がないかを検討することにしています。

 

さて、まことさんの場合はどうだったかと言うと、少ないときは月に1回くらいしか練習ができませんでした。このため面談(3ヶ月に1回くらい)の度に練習の相手や方法を見直した方がよいか、ということを本人と話し合いました。やはりまことさんとしては友だちと話せるようになりたいという思いが強く、しばらくは友だちに録音を聞かせる練習を継続しました。

しかし高校卒業も近づいてきて、受験勉強などもあり友だちに協力してもらうのはさらに難しくなっていったため、練習方法を変えて私(高木)と話す練習を行うことになったのです。

 

そこからの経過の概要は次の通りです。

 

<ステップ1>

練習「メールでの質問に対して、3日後までに音声で録音して返事を送る。頻度は週3回ほど」

最初のお題は「まことさんの好きなゲームについて教えてください」。

 →1ヶ月で9回実施。いずれも不安度は1だったため、次のステップに行くことを検討。

 

<ステップ2>約1ヶ月後~

練習「オンライン面談中に、メールでの質問に対して、音声で録音して返事を送る」(カメラ・マイクはOFFにした状態で録音)

質問は「お昼に食べたものは何ですか」など。

次回の面談までの間、録音して送る練習も継続。

 →オンライン面談2回分で練習を実施。不安レベルは2~1となったため、次のステップを検討。

 

<ステップ3>約3ヶ月後~

練習「オンライン面談中に、リアルタイムで音声で返事をする」(カメラOFF、「はい/いいえ」で答えられるものから開始)

質問は「今日は学校に行きましたか?」「これからゲームはしますか?」など。

 →この練習でオンライン面談を数回続け、「はい/いいえ」以外での返答もできそうだということで「しりとり」や「単語で答える質問」なども実施。

 

・・・このようなステップを経て、私とはオンライン面談中に音声で応答することができるようになりました。小さいときから考えても、家族以外と話せたのは初めてのことだそうです

もちろんこれで練習が終了ではありません。今度は友だちと話せるようになることを目指して練習していくことになります。幸い、私と話す練習を行う前よりも、本人の中で話せそうだという感じが増したようです。何とか高校卒業までに、友だちと話せるところまでいけたらいいなと思います。

 

【解説】

比較的緘黙症状の強い高校生のケースでした。高校生で強い緘黙症状があると対応が難しい、と感じる方も多いと思いますが、このように本人とのコミュニケーションができればカウンセリングを進めていくことはできます。

この事例を通じて、「高校生でも緘黙症状は治る」ということを知っていただけたらと思って紹介しました。

 

まことさんは、私がこれまで関わってきた場面緘黙の方の中では非常に珍しいケースです。何が珍しいのかというと、私が直接「話す練習」の相手をしたからです。

いつも私がお勧めしている「話す練習」では、練習する相手は友だちや担任の先生など、私以外の人になります。思い出してみても、私が話す練習の相手をしたケースというのはこれまでに4、5人しかいません。

 

私ではなく友だちや先生を練習の相手にする理由は、「本人がそれを希望するから」です。

 

 

「いちりづか」でお勧めしている練習方法はこちらの記事に書いておきましたが、簡単に言うと「本人が話せるようになりたい相手と話せるようになることを目指す」というものです。

ですので最初に本人が目標を設定して、それからその目標を達成するための方法を本人と一緒に考えます。そうすると必然的に、私とではなくその相手と練習をすることになるのです。

 

 

それでは、カウンセラーと話す練習をすることになるのはどういうケースでしょうか。

それは「本人がカウンセラーと練習をすることを希望した」か、「他に練習の相手がいなかった」かのいずれかです。まことさんの場合は後者でした。

 

では、まことさんとの話す練習が上手くいった理由を考えてみましょう。

こちらの記事で緘黙症状改善のための3要素【WPC】について述べましたが、まことさんの場合はどうだったでしょうか。

【W(本人の意思)】本人が「話せるようになりたい」と思っていた

【P(綿密な計画)】面談で本人とのやりとりができ、一緒に計画を考えることができた

【C(関係者の連携)】練習が継続して行えた

はじめはWとPはクリアしていましたが、C(友だちの協力)ができていませんでした。

そこでCの部分を計画を見直し、「高木と話す練習をする」という形でC(関係者の連携)の問題を解決した、ということです。

 

【注意点】

事例の紹介にあたっては、本人及び家族の同意を得ています。

ただし個人に関わる情報ですので、転載は絶対にしないでください

また必要に応じて細部を改変していますので、事実と異なる場合もあります。

 

この事例の紹介はあくまで個別のケースに対して上手くいった方法です。

同様の方法を行っても、他のケースに対しては効果がない場合もあります。

練習メニューを考えるにあたっては、様々な要素を慎重に考慮した上で、個々に応じた方法を選択するようにしてください。

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