【ブログ】「話せるようになる」ための500の方法
【学校との連携⑰】「通知票」について⑤合理的配慮を考えることが「緘黙症状の改善」にもつながる理由
合理的配慮とは、「障害のある人が社会生活を送る上で、障害のない人と同じように社会参加したり権利を行使したりできるようにするために行う調整や変更」のことです。
もし緘黙症状があることで成績が低くなってしまうとしたら、それは障害のない人と同じように権利を行使できていない状態ということになります。
このような場合は、「合理的配慮」によって緘黙症状があっても成績に不利が生じないようにすることができます。
(なお「合理的配慮」についてよく分からないという方は、こちらの記事をご覧下さい)
前回の記事で説明した「評価」と「評定」の話が重要になってくるので、この点について再度簡単に説明しましょう。
<評価→(総合的に判定+合理的配慮)→評定> の流れを理解する
一般的に学校での成績評価には、「観点別評価」と「総合的な評定」とが存在します。
「評価」と「評定」はよく似たことばですが、まずはその違いを理解しましょう。
大まかに言えば「テストの成績や個々の観点別評価などに基づいた総合的な判定」が「評定」です。
評価と評定は以下のような関係になっています。
各評価 → (総合的に判定) → 評定 |
評価:「知識・技能:A」「思考・判断・表現:A」「主体的に学習に取り組む態度:B」
↓
評定:「国語:4」(5段階で)
ここで例外として、「障害があることによって、ある点の評価が他の人とは同じように行えない」という状態があります(例えば聴覚障害があって英語のスピーチは上手にできない)。
そういった場合には、合理的配慮として、評定にあたって障害があることを考慮した判定を行うようにすることができます。
つまり上記の流れは、このように書き換えることができます。
各評価 → (障害があることも考慮し、総合的に判定) → 評定 |
この「障害があることも考慮し」が合理的配慮にあたります。
場面緘黙の場合も同様に、合理的配慮によって、緘黙症状や関連する症状を考慮した評定を行うことができます。
場面緘黙の症状のある子の成績評価における合理的配慮の例
ケース1.音楽
歌のテスト(課題曲のパート別の合唱)が学期末の成績に反映されるため、事前に本人・保護者と学校とで合理的配慮について検討。学校側は特別支援教育コーディネーターと音楽の教科担任、学級担任、教頭が参加。特別支援教育コーディネーターが司会を務め、担任が記録を行った。
まず診断書で「場面緘黙症」の診断があることを確認した。次いで音楽の教科担任からは音楽の学期末の成績評価について(歌のテストの実施方法、観点別評価と総合的な評定の方法)について説明があり、緘黙症状があることから想定される成績評価の不利益についても説明があった。
その後本人と保護者が別室で相談し、「歌のテスト」がどのようにできそうかを話し合った。本人は「録音を音楽の先生だけに1回だけ聴かせる」ならできるとのことだったため、その旨を保護者から学校側に伝えた。
その上で関係者で協議し、他の生徒と条件を揃えるために「伴奏と他のパートの合唱」の録音を本人に渡し、課題である歌の録音を行うこととした。録音は学校のタブレットで行い、学校で用いている学習課題管理アプリ上にアップロードして提出することとした。
<解説>
本人と学校の双方の状況を整理した上で「建設的対話」を行うことによって、落としどころを探ることができました。
「他の生徒と全く同じ」は無理だとしても、はじめから「全くやらない」と決めてしまうのはお勧めできません。このように0か100かではなく、お互いにどこまでならできそうかを話し合うことで、ちょうどいい方法を見つけて合意することができます。
結果的にこの事例では、本人からも「録音を音楽の先生だけに1回だけ聴かせる」ならできるという答えを引き出すことができました。こうすることによって、単に合理的配慮を実施したことに留まらず、本人の緘黙症状の改善にも寄与することが期待できます。
ケース2.体育
話せないだけでなく行動の抑制も大きい中学生のケースです。実技や普段の学習への取り組みが学期末の成績に大きく反映されることから、合理的配慮を検討しました。学校側は特別支援教育コーディネーターと体育の教科担任、学級担任、教頭が参加しました。
まず診断書で「場面緘黙症」の診断があることを確認し、保護者や担任からの説明で「食事」や「排泄」のような日常生活動作も学校では困難なことが多いことが確認されました。次いで体育の教科担任からは成績評価について、普段の学習活動への取り組みが○割、学期末のペーパーテストの成績が○割、実技テストの成績が○割であることの説明がありました。その後関係者で、緘黙症状や行動の抑制があることから想定される成績評価の不利益について意見交換を行いました。なおの学習活動への取り組みに関しては、本人は普段体育の時間は体操着に着替えて見学をしていることが多いです。
「学習活動への取り組み」「実技テストの成績」はいずれも本人が学校で行うことが難しいと考えられたため、それぞれの方法を検討しました。まず「学習活動への取り組み」については、体育の時間を見学する代わりに、課題レポートを作成することとしました。課題は別途教科担任から出され、それによって評価を行うこととしました。実技テストについては、家でできる範囲での実技の様子をビデオ録画し、教科担任が視聴して確認することとしました。
<解説>
このケースも、本人と学校の双方の状況を整理した上で「建設的対話」を行うことで、適切な落としどころを探ることができています。
この事例で画期的なことが2つあります。1つ目は緘黙症状だけでなく行動の抑制も症状の一部と認め、合理的配慮の対象としたことです。「場面緘黙症」は「社会的状況で話せないこと」を主たる症状にしていますが、ほとんどのケースでは話すこと以外の行動の抑制も伴います。ですので緘黙症状以外の行動面も考慮した合理的配慮を行うことが望ましいと私は考えています。
2つ目は「普段の学習活動への取り組み」を「課題レポート」に替えたことです。体育の授業なので学習活動への取り組みが重要なのは言うまでもないことですが、それを実技ではなく学習面の課題に置き換えても、教育的価値があまり損なわれないと判断することができました。
またこの事例でも、本人から「家でできる範囲での実技の様子をビデオ録画し、教科担任が視聴して確認する」というチャレンジを引き出すことができています。これも緘黙症状の改善につながる一歩だと考えることができるでしょう。
合理的配慮を考えることが緘黙症状の改善にもつながる理由
上記の2つの例から分かるように、合理的配慮は「保護者の要望を学校に伝えるだけ」「学校側がただ配慮するだけ」ではありません。
合理的配慮の説明にも度々出てくる「建設的対話」が重要なのです。
「建設的対話」というのは、「どのような対応をすることが、その人にとってもっともよいか」を本人を含めた関係者で話し合うことです。
このプロセスを丁寧に行うことは、緘黙症状の改善にとっても効果があります。
最後にその理由を説明しましょう。
「いちりづか」では、緘黙症状改善のためには3つの要素【WPC】がとても重要だと考えています。(この記事を参照)
この3要素【WPC】がすべて揃えば、ほとんどの緘黙症状は改善させることができます。
そして、上記の<「どのような対応をすることが、その人にとってもっともよいか」を本人を含めた関係者で話し合うこと>は、「本人の意思を確認しながら、関係者で連携して、綿密な計画を立てる」ことであり、まさにWPCそのものだと言えます。
ですので、合理的配慮の検討というのは単に「できないことを配慮してもらう」に留まらず、緘黙症状改善に向けた重要な一歩にもなっているということなのです。
「通知票」「成績評価」をきっかけに、ぜひ合理的配慮を検討し、学校との連携を深めていきましょう。