【ブログ】「話せるようになる」ための500の方法
【学校との連携⑧】「個別の指導計画」の作成と活用
制度の話が続いてしまいましたので、もう少し具体的な連携や対応について検討していきましょう。
今回は「個別の指導計画」の作成と活用です。
個別の指導計画については【学校との連携⑤】にも書いておきました。
ポイントは以下のとおりです。
・「一人ひとりに応じた、教科の学習と自立活動での目標と指導内容・方法についての計画」
・特別支援学級・通級による指導の対象となる子については作成が必須
・作成にあたっては保護者や本人の同意が必要
何をどう書いたらよいのか
不思議なことに、個別の指導計画の様式というのは存在しません。
文部科学省が個別の指導計画の様式例を示しており、各自治体はこれを基に独自で様式を作り活用しています。
このため地域や自治体、学校によって含まれる項目が異なります。
(余談ですが、個別の指導計画の作成と活用が未だにできていないケースがあるのは、これが影響しているのではと思っています)
さて、共通の様式が存在しないので、ここでは私が例として独自に作ったものを見ながら解説していきましょう。
こちらは小学2年生の場面緘黙症状のある子(架空の例)の通級による指導(自校通級)の個別の指導計画です。
私が個別の指導計画で重要だと考えているのは、以下の項目です。
1.本人の願い
2.主訴
3.長期目標
4.短期目標
5.指導の内容と方法
6.評価(成果と課題)
1.本人の願い
これが最重要項目です。
そして、これ以降の内容はすべて「本人の願い」を踏まえて考えていくことを意識しましょう。
緘黙症状に関することが書かれているとよいですが、子どもによっては緘黙症状以外のことでもっと困っていることやできるようになりたいことがあるケースもあるでしょう。
その場合、それを書いておくのはもちろん大事ですが、「緘黙症状に関しての、本人の願い」という視点からもう少し掘り下げてみてもよいと思います。
【事例の解説】
この例だと「友だちと話せるようになりたい」「授業中など、聞かれたときに答えられるようになりたい」の2点が挙げられています。ですので、それを達成するためにどうしたらよいかと考えていくようにしましょう。
ただしこの例では「友だちと話せるようになりたい」についての取り組みは書かれていません。それは、この架空の例では友だちと話せるようになるための取り組みは、学校ではなく主に家庭で行うことを想定しているからです(そのように書かれてはいませんが)。その理由としては、通級による指導では「友だちと話せるようになる」に対して直接的にアプローチするのは少し難しいことが挙げられます。
また、以下で説明しますが「家で音読を録音し、通級の教室で再生させる」という練習も、やや遠回りではありますが友だちと話せるようになることにつながっていきます。
2.主訴
主訴は本人の願いと近いですが、支援者側から見たより客観的な問題の把握が「主訴」だと考えればよいでしょう。
この子がどんなケースなのか、何が問題で相談にかかっているのか、を明確にしておきましょう。
緘黙症状の他に、「視線が怖くて教室に入れない」「体の緊張が強くて○○ができない」なども主訴になることがあります。
3.長期目標と4.短期目標
長期目標・短期目標がそれぞれどのくらいの期間を指すのか明確な決まりはありませんが、私のイメージは以下の通りです。
・長期目標は数年(1、2年から、小学校低学年なら小学校卒業・中学校入学くらいまで)
・短期目標は数週間~数ヶ月(学期末か、長くても年度末まで)
短期目標は、長期目標とつながりのあるものでなければなりません。
複数の短期目標をこなしていくことでやがて長期目標が達成される、ということを意識して短期目標を考えましょう。
このため、長期目標に比べて短期目標の方がより細分化された具体的な記述になります。
また短期目標は、1学期程度で現実的に達成可能な目標を設定する必要があります。
「今学期中に何ができるようになることを目指すか」という視点で考えるとよいでしょう。
そして長期目標・短期目標に関して最も重要なのは、本人と相談して決定しなければならない、ということです。
(「目標」なので当然なのすが)
【事例の解説】
この例では、それぞれ以下のように目標を設定しています。
◆長期目標「学校で友だちや先生と話せるようになる」
◆1学期の短期目標「家で音読を録音し、通級の教室で再生させることができる」
◆2学期の短期目標「通級の先生に、音読の録音を聞かせることができる」
この場合の長期目標の期間は、小学2年生なので「高学年になるくらい」をイメージしています。「4年生くらいまでには、学校で友だちや先生と話せるようになったらいいなぁ」くらいの感じです。
その長期目標を達成するために、通級では「音読を学校で再生させる」という方向で取り組むことになりました。つまり短期目標を考える段階で、「指導の内容と方法」もセットで考えているということです。
1学期中に通級の教室で録音の再生ができて、2学期には通級の先生に聞かせられるようになって、そして3学期には・・・、といった感じで短期目標をクリアしていくことで、長期目標の達成を目指しています。
またどこかの段階では、「友だちに録音を聞かせる」という目標も入ってくるかもしれません。このようにして「友だちと話せるようになりたい」につなげていくことができます。
5.指導の内容と方法
具体的にどのような練習を行うかをここに明記します。
少し細かい話ですが、「内容(何を)」と「方法(どのように)」の両方が大事です。
特に「方法(どのように)」をより具体的に考えておくことで、練習が進めやすくなります。
もし学級担任に協力してもらって話す練習を行う場合は、この「指導の内容と方法」に明記しておくとよいでしょう(【学校との連携②】で説明したのはこのことです)。
指導計画に明記してあれば「頼んだのにやってくれない」ということはなくなります(もしできないことなら、指導計画作成の段階で「できません」と言われます)。
【事例の解説】
この例では、以下の内容と方法が書かれています。
・家で教科書の音読を録音し、通級の時間に先生のいないところでぬいぐるみに聞かせる
・先生が廊下にいる状態で録音を再生する
・先生が教室にいる状態で録音を再生する
実際の練習はもっと細かいスモールステップを設定して行っていきますが、「個別の指導計画」は進捗状況に応じて毎週書き直す訳にはいかないので、このくらいでも構いません。
この例では録音を聞かせるという練習方法を採用しています。録音を使った練習についてはこちらに書きましたので、より具体的な練習方法について想像してみてください。
6.評価(成果と課題)
練習はPDCAサイクルで進めていきます。
学期末の時点で、短期目標が達成されたかどうかをしっかり見直し、次の練習方法を考えましょう。
・短期目標が達成されていたら
→次の短期目標とそのための練習方法を考えましょう。
・短期目標が達成されていなかったら
→達成されなかったのはなぜかをしっかり考えましょう。
難易度が高すぎたのか、練習回数が足りなかったのか、本人の意欲が湧かなかったのか、他の理由か。
ここの見直しがしっかりできれば、仮に1学期でうまくいかなくても2学期では成果を出すことができるはずです。
【事例の解説】
この例では、以下のように書かれています。
・音読を聞かせる練習が11回できました。はじめは録音するときの不安レベルが・・・
欄の大きさの都合で省略してしまいましたが、もし詳しく書くとしたらこんな感じです。
・ぬいぐるみに音読を聞かせる練習は1学期で11回できました。最初の2回は「録音するとき」の不安レベル(※1~5で記録)が4でしたが、3回目からは少しずつ下がっていきました。下がった理由を聞くと「慣れた」とのことでした。
不安レベルが2.5まで下がったので、録音を聞かせる相手をぬいぐるみではなく、タブレットのビデオ通話の画像に変えました。○○(先生の名前)が画面越しに映っていて、マイクをOFFにしているので相手には音声は聞こえない状態での再生に挑戦しました。不安レベルは少し上がりましたが、練習を続けるうちにこれも慣れてきたようです。
直接○○に聞かせるのはまだできないそうですが、2学期に挑戦したいとのことでした。
ここまでの内容で、「1.本人の願い」から「6.評価(成果と課題)」までつながりをもって作成されていることがお分かりいただけたと思います。
このように「1.本人の願い」から「6.評価(成果と課題)」までのつながりをしっかり意識していけば、よりよい個別の指導計画を作成することができるはずです。
個別の指導計画は本人・保護者と学校との共同作業
個別の指導計画作成は学校側が責任をもって行うものですが、本人・保護者との共同作業で行うことが大切です。
それぞれの頭の中にあることや考えていることが違っていても、個別の指導計画という道具を使うことによって、共通理解を図り、同じ方向を向いて進んでいくことが可能になります。
連携を促進し、計画を効果的に進めるためのツールとして個別の指導計画が活用できるといいですね。
【注意点】
この記事の内容は、日本の一般的な学校教育を念頭に書いています。
日本の学校でも、私立の学校などの場合は当てはまらないことがあります。
【学校との連携⑦】なぜ場面緘黙の子が「特別支援学級」「通級による指導」を利用できないケースが後を絶たないのか?
ここまで、このカテゴリーの記事では場面緘黙が「特別支援学級」「通級による指導」の対象となっていることをくり返し説明してきました。
改めてここでまとめておくと、以下のようになります。
・特別支援教育の対象として「情緒障害」という障害の分類があり、「情緒障害」は「特別支援学級」と「通級による指導」の対象である
・場面緘黙は「情緒障害」に含まれている
なお、それぞれの根拠としては文部科学省から2013年に発出された「障害のある児童生徒に対する早期からの一貫した支援について(通知)」が最も分かりやすいでしょう。
原典にあたりたい方はこちらをご覧下さい。
ここの「3 小学校,中学校又は中等教育学校の前期課程への就学」の中に(1)特別支援学級、(2)通級による指導、とあり、それぞれ「情緒障害」が明記されています。
なおこの通知の中では「選択性かん黙」と書かれていますが、これは「場面緘黙」と全く同じものを指します。
このように、場面緘黙が「特別支援学級」「通級による指導」の対象となっていることは誰が見ても明白なのですが、なぜかこれらが利用できないケースが後を絶ちません。
これにはいくつかのパターンが存在しますが、いずれにも共通するのは「担当者の理解不足」です。
担当者とは、「担任→コーディネーター→校内委員会(校長等の全校の教員)→教育委員会事務→教育支援委員会→教育委員会(就学先決定)」という流れの中のすべての人を指します。
この流れのどこかで理解不足があると、話が止まってしまうことがあります。
ではどんなパターンがあるかを列挙してみましょう。(本人が希望しないケースはここでは除外します)
場面緘黙が「特別支援学級」「通級による指導」を利用できないケース
<主に担当者の理解不足によるもの>
1.担当者が場面緘黙のことを理解しておらず、特別な対応が必要という認識がない
2.担当者が場面緘黙が特別支援教育の対象となっていることを知らない
3.知能検査等ができないため判定に必要な資料が揃わない、と言われる
4.知的能力には問題がないのに、知能検査の結果が低かったため場面緘黙ではなく「知的障害」と判定される
<主に環境側の因子によるもの>
5.地域の学校に情緒障害を対象にした特別支援学級・通級が設置されていない
6.特別支援学級・通級の定員がいっぱいで入れない、「他にも利用できない子がいるから」という理由で断られる
1.と2.についてはもう説明不要だと思いますので、3.以下について説明しましょう。
3.知能検査等ができないため判定に必要な資料が揃わない、と言われる
場面緘黙の症状があると、通常の方法で知能検査を行うのが難しいです。
それを理由に利用を断られるというケースが、実はよくあります。
これは明らかに担当者の制度に対する理解不足です。
制度を作った教育委員会側の理解不足なのか、手続きに至るまでの担任やコーディネーター側の理解不足なのか、上記の流れのどこかに問題があることが明らかです。
そもそも情緒障害の判定にあたっては知能検査の結果は必須ではありません。
知能検査ができないために判定できないなら、発達検査の実施できない重症心身障害の子や、通常の方法で知能検査ができない視覚障害の子も特別支援学校を利用できないことになりますが、そんなおかしい話はありません。
さて、ではこのようなケースでどう対応したらよいでしょうか。
正攻法で「知能検査は必要ない」ということを理解してもらう方法と、「知能検査の結果を用意してしまう」という方法があります。
前者の場合、「知能検査が必要」と言っているのが誰かによって働きかける先が変わってきます。
もし担任やコーディネーターのレベルでそう言っているだけなら、市町村の教育委員会の窓口に相談してみるとよいでしょう。
市町村の教育委員会のローカル・ルールの問題なら、都道府県の教育委員会に問い合わせてみることをお勧めします。
後者の場合、「とにかく知能検査の結果があればいいんでしょ」という考え方で、検査をしてもらえるところを探すこともできます。
裏ワザとしては、DAM グッドイナフ人物画知能検査のような発話を要しない簡易な知能検査を使う方法もあります。
4.知的能力には問題がないのに、知能検査の結果が低かったため場面緘黙ではなく「知的障害」と判定される
このケースもたまに見かけます。
知的障害ではないのに検査結果によって知的障害の特別支援学級に入れられてしまい、そこで小学校時代を過ごしたという子も何人か知っています。
これはまったくひどい話です。
これは明らかに誤判定なので、こういう場合はすぐに第三者の意見を求め、対応した方がよいでしょう。
3.や4.のようなことが生じてしまうことの背景には、「専門職の知能検査に対する理解不足」と「安易な知能検査信仰」があると私は考えています。
知能検査は知能が分かる万能の道具ではなく、むしろ欠陥だらけの物差しです。
知能検査に関連してもう一つ、「とりあえずWISC」も場面緘黙あるあるです。
相談を受けた機関の担当者が「どう対応したらよいか分からないので、とりあえずWISCを勧めてみる」ということがよく起きます。
緘黙症状が強い子に知能検査をしても、あまり意味のある結果は得られないと私は思っています。
5.地域の学校に情緒障害を対象にした特別支援学級・通級が設置されていない
6.特別支援学級・通級の定員がいっぱいで入れない、「他にも利用できない子がいるから」という理由で断られる
実際、日本中の学校全てに十分な数の特別支援学級・通級が設置されているわけではないので、どちらもかなり起こるケースです。
大事な点は、「地域の学校に情緒障害を対象にした特別支援学級・通級が設置されていなくても、判定はできる」「待っている子が多くても、判定はできる」ということです。
教育支援委員会・市町村教育委員会で判定するのは、「その子の状態」が情緒障害の状態に該当するか、特別支援学級・通級の利用が適当かです。
環境側の因子によってこの判断が左右されることは、本来はありません。
では、地域の学校に通級が設置されていないのに、通級による指導が適当、という判定をされたらどうなるでしょうか。
そこから先は色々です。
「情緒障害」ではない通級(「言語障害」や「自閉症」「LD」等)で対応してくれるケースは多いです。
通級には通えないけど、通常の学級で最大限できる支援や配慮はします、となるかもしれません。
行政が設置の必要性を認めて通級を設置する方向で動いてくれることもあるかもしれません(数年はかかるでしょうが)。
こうすることの最大のメリットは、「個別の指導計画」作成や「自立活動」など、特別支援学級や通級で受けられる対応が可能となること(=プレミアムコース)です。
ですので実際に通えなくても、この判定には大きな意味があるのです。
また、特別支援学級・通級の定員がいっぱいで入れないというのは、担当者を増やせばいいだけの話なので、それができていないのは単なる行政の怠慢でしょう。
こういった場合は行政に働きかけていくのもよいかもしれません。
【注意点】
この記事の内容は、日本の一般的な学校教育を念頭に書いています。
日本の学校でも、私立の学校などの場合は当てはまらないことがあります。
【学校との連携⑥】「特別支援学級」と「通級による指導」のどちらを選ぶか
「特別支援学級」と「通級による指導」について、前回の記事ではその違いを説明しました。
では特別支援学級と通級の選択についてはどう考えたらよいでしょうか。
判断にあたって考慮すべき要素は無数にありますが、あえて単純化すれば「問題は緘黙症状だけか」が判断のポイントと言えると思います。
「緘黙症状の改善」か、「学校生活全般にわたる支援」か
「通級による指導」は通常の学級に在籍し、週に1時間程度通級して指導を受けるというものです。
この指導は「自立活動」と呼ばれ、「緘黙症状の改善」「障害の理解」など特定の問題の改善・克服に焦点をあてた治療的な介入が行われます。
そして、以外の時間は通常の学級で他の子たちと同じように過ごします。
ですので、緘黙症状以外には大きな問題がない場合は、通級による指導が適していると言えるでしょう。
一方、「特別支援学級」は学校生活の多く(あるいはすべて)の時間を過ごす場です。
授業の他、休み時間や給食、掃除、学校行事なども特別支援学級で行うのが基本です。
(ただし実際の運用面では、通常の学級との関わり(交流)の時間をかなり長めにとっているケースもあります)
緘黙症状以外にも行動の抑制などの問題が大きく、学校生活全般にわたって支援や配慮が必要な場合は、特別支援学級を利用した方がよいでしょう。
とは言え、実際はそれほど単純ではありません。
そもそも「緘黙症状だけが問題」という場面緘黙の子はほとんどいないからです。
大半のケースでは、話せないだけでなく、運動や書字、着替え、食事、排泄などの行動面での問題を伴います。
ですのでそういった要素を考慮しながら、「生活の場としての特別支援学級」がよいのか、「緘黙症状の改善に特化した通級による指導」がよいのかを総合的に判断していくことになります。
選択するための要素
・担当教員の「専門性」
より専門性の高い担当教員がいるかが、最も重要な要素ではないかと私は考えています。
特別支援学級に在籍していても通級を利用していても、担当教員が場面緘黙のことを理解していなければ意味がありません。
特別支援学級と通級とで一概にどちらが専門性が高いかは言えませんが、通級の方が教師の研修の機会が多く、担当するケースも多いため専門性が高まりやすい傾向はあると思います。
ただしここでいう「専門性」とは、「知識」や「経験」だけのことではありません。
知識があっても、実際にその子と上手に関わることができなければ意味がありません。
反対に、知識はなくても関わり方が上手な教師もいます。
そういったことも含めた「専門性」が重要です。
・在籍する他の児童・生徒との関係
これは特別支援学級だけに当てはまることですが、在籍している他の子たちも大きな要素と言えます。
特別支援学級の場合、「自閉症・情緒障害」という分類になっているため、「自閉スペクトラム症」の症状のある子たちが在籍しているケースが多いです。
自閉スペクトラム症にも多様な症状がありますが、多動傾向の強い子や、他者との関わりに苦手さのある子がいる場合、場面緘黙の子にとってはかえって過ごしづらい場になってしまう可能性もあります。
・学校の特別支援教育の運用方針
前回の記事でも指摘しましたが、学校や自治体のローカル・ルールは様々です。
例えばある自治体では、「インクルーシブ教育」と称して「特別支援学級に在籍する児童も原則として通常の学級で過ごす」という運用をしています。
これでは、せっかく特別支援学級に在籍しているのに、肝心の「生活の場」が保障されないことになっていまいます。
また「国語・算数は特別支援学級、それ以外は通常の学級」という運用を(個々の実体を考慮せずに機械的に)行っている地域もあります。
場面緘黙は学習面の問題が主訴ではないので、むしろ「国語・算数は通常の学級」の方がよいでしょう。
反対に、「給食や掃除、音楽、体育などは特別支援学級」とした方が、かえって安心感をもって過ごせるかもしれません。
こういった学校や自治体の運用方針も、特別支援学級か通級かの選択の際の重要な判断基準となります。
・自校通級か他校通級か
自治体や地域によっては、まだ通級の設置数が非常に少ないところがあります。
これは地域による格差が大きく、ほぼ全校に通級が設置されているところもあれば、5校に1校にも満たない地域もあります。
通っている学校に通級が設置されていない場合は「他校通級」または「巡回」という方式になります。
「他校通級」の場合は設置されている学校まで通う必要が生じますが、地域によっては片道20分以上かかるところもあります。
負担に見合っただけの効果が得られるかも、判断の要素になるかもしれません。
・「雰囲気」や「相性」
「雰囲気」や「相性」のような客観的には測れない要素も、場面緘黙のような症状のある子たちにとってはとても重要です。
色々な条件がよくなくても、その子が「ここならよさそうだ」と思えれば、緘黙症状の改善につながっていくかもしれません。
両方をしっかり見学して、より合っていると思える方を選ぶことが大切だと思っています。
その他の長所と短所
<特別支援学級>
長所
・利用時間が長いため、教師と関係を築きやすい
・話す練習の場を設けやすい
・手厚い支援が受けられる
短所
・クラスメイトとの交流の機会が制限される
・複式学級(他学年の児童・生徒で構成される学級)の場合、学習に遅れが生じる可能性がある
<通級による指導>
長所
・必ず個別の指導の時間が確保される
短所
・時間や頻度が少ないため、この時間の指導だけでは効果が出づらい
・通級での指導の成果を通常の学級に活かすこと(汎化)が必要になる
・在籍校に通級が設置されていない場合、他校に通わなければならない
【注意点】
この記事の内容は、日本の一般的な学校教育を念頭に書いています。
日本の学校でも、私立の学校などの場合は当てはまらないことがあります。
【学校との連携⑤】用語の解説「特別支援学級」「個別の指導計画」「自立活動」など
ここまでこのこのカテゴリーの記事では、学校との連携を効果的に行うには「特別支援学級」や「通級による指導」の利用がお勧めということを解説してきました。
ここから先の記事では、制度の詳しい解説や具体的な連携の方法などを説明していきます。
それに先だって今回は、特別支援教育に関連する基本的な用語について、場面緘黙に関わる事柄にしぼって簡単に説明しておきましょう。
<目次>
0.【重要な前提】自治体による運用の違いについて
1.「特別支援学級」と「通級による指導」の違い
2.「情緒障害」
3.「個別の指導計画」と「個別の教育支援計画」
4.「自立活動」
5.「教育支援委員会」
0.【重要な前提】自治体による運用の違いについて
解説を始めるにあたって、1つだけ重要な前提を確認しておきます。
特別支援教育の制度は「自治体によって運用の仕方が大きく異なることがある」という点です。
例えば、自治体によっては以下のようなローカル・ルールや独自の運用方法が存在します。
・「特別支援学級に在籍している児童も、通常の学級で過ごすことを基本にする」
・「判定にあたっては知能検査が必須になるため、知能検査を実施できない児童は特別支援学級・通級の対象にならない」
・「「情緒障害」の学級・通級が設置されていないため、特別支援学級・通級の対象にならない」
・「特別支援学級・通級を利用する児童が多いため、利用できるのは低学年まで」などなど。
ここで確認しておきたいのは、「制度上は利用する権利が存在するにも関わらず、自治体のローカル・ルールや運用方法によって利用が制限されるケースがある」ということです。
「制度上」というのは、ここでは法律や学習指導要領、文部科学省の通知など、より上位にあるルールでの規程のことです。
より上位のルールで認められている権利ですから、ローカル・ルールで制限されていても、制度を正しく理解して話を進めていけば利用できるケースは多いです(詳しいことはまた今後の記事で解説します)。
しかし、保護者は制度を正しく理解できていませんし、学校側も「そのローカル・ルールが正しい」と思い込んでいるため、利用したくてもできないで諦めてしまうことになります。
このため、私はここから解説するような制度の正しい理解が必要不可欠だと考えています。
1.「特別支援学級」と「通級による指導」の違い
場面緘黙は「特別支援学級」と「通級による指導」の対象になっています。これは重要なので必ず覚えておいてください。
「特別支援学級」と「通級による指導」の最大の違いは、「在籍することになる学級」です。
特別支援学級は「学級」なので、特別支援学級に在籍することになります。
ですので、担任は「特別支援学級」の先生です。
通常の学級との関わりは「交流」という形式になります。
制度上は、学校生活のすべてを特別支援学級で過ごすことが認められます(というより、これが基本形です)。
通級による指導は「学級」ではないので、通常の学級に在籍します。
学校生活の限られた時間(週1時間というケースが多い)だけ通級して、指導を受けます。
指導の内容は「緘黙症状の改善」「障害の理解」など、障害の内容に焦点をあてた治療的な介入が基本です(これが「自立活動」です)。
特別支援学級 | 通級による指導 | |
在籍する学級 | 特別支援学級 |
通常の学級 |
担任 | 特別支援学級担任 |
通常の学級の担任 |
生活の場 |
特別支援学級+通常の学級(交流) |
通常の学級 |
指導の内容 |
通常の教育課程+自立活動 |
通級の時間に行うのは自立活動のみ |
指導時間 |
すべての時間を特別支援学級で過ごすことも、 交流の時間を多めにとることも可能 |
週1~8時間(年間35~280時間) |
「個別の指導計画」作成 | 義務 |
義務 |
「個別の教育支援計画」作成 | 義務 |
義務 |
制度上の障害の分類 | 自閉症・情緒障害 |
情緒障害 |
2.「情緒障害」
情緒障害は特別支援教育の制度上の分類であって、そういう名前の病気や障害が存在するわけではありません。
特別支援教育の制度は、障害の分類(知的障害、視覚障害、聴覚障害、など)によって分けられて運用されています。
情緒障害にどんな病気や障害が含まれるかというと、代表選手は「場面緘黙」と「不登校」です。
その他、不安症や抑うつ、適応障害など、様々な心身の問題が含まれます。
ただ定義が不明確なので、専門家でも「何が情緒障害か」を説明するのが難しいと思います。
「情緒障害は、場面緘黙と不登校と、その他の心身の問題」と覚えておきましょう。
情緒障害は特別支援教育の障害の分類の中では最もマイナーです。
このため、情緒障害を対象とする特別支援学級や通級が設置されていない自治体は多いです(これが特別支援学級・通級の利用しづらさの最大の要因です)。
上記の表では、特別支援学級の対象となる障害が「自閉症・情緒障害」となっています。
つまり特別支援学級では、なぜか「自閉症」と「情緒障害」という全く異なる障害がセットにされています。
これは視覚障害と聴覚障害を同じ学級で指導するようなもので、色々と弊害があります。
「特別支援学級はにぎやかな自閉症の子が多すぎて、場面緘黙の子が使いづらい」は場面緘黙あるあるです。
3.「個別の指導計画」と「個別の教育支援計画」
「個別の指導計画」と「個別の教育支援計画」は、特別支援学級・通級を利用している場合はいずれも作成が必須になっています。
もし作成されていない場合は、早急に学校に確認することをお勧めします。
個別の指導計画は、「指導のための計画」です。
指導とは「教科学習」と「自立活動」を指します。
つまり「一人ひとりに応じた、教科の学習と自立活動での目標と指導内容・方法についての計画」です。
「緘黙症状の改善」を目指す場合は、長期目標を「○○の場面で話せるようになる」のように設定し、そのための具体的な指導の内容と方法を書き込んでおけばよいわけです。
学校側が勝手に作るのではなく、保護者や本人の同意が必要になります。
担任の先生と協力して、いい個別の指導計画を作りましょう。
上手く使われていないケースとしては、以下のようなものがあります。
・保護者に個別の指導計画の存在が知らされていない
・「目標」に場面緘黙と関係することが書かれていない
・「指導内容」が「目標」と関係ないものになっている
・作りっぱなしで活用も修正もされていない
個別の教育支援計画は、学校以外の他機関と連携して長期的な視点で支援を行っていくための計画です。
「支援の計画」というよりも、検査の結果や受けた診断、つながっている機関、過去に受けた治療や対応などまとめておくもの、と捉えておくとよいでしょう。
こちらは基本的には作りっぱなしで、支援会議など必要なときに参照すればよいでしょう。
4.「自立活動」
「自立活動」は耳慣れない用語だと思いますが、超重要語句なので必ず覚えておいてください。
自立活動は学校教育の教育課程の一部で、障害や病気によって生じる学習や生活の困難を、改善・克服していくための「治療的な介入」のことです。
視覚障害のある子だったら、杖を使って歩く練習や、点字の読み書きなどの指導をします。
聴覚障害のある子だったら、補聴器の活用や、手話・口話などを使ったコミュニケーションの指導などをします。
場面緘黙のある子だったら、緘黙症状の改善(話す練習)が真っ先に挙がるでしょう。
特別支援教育の教育課程は「通常の教育課程+自立活動」で成り立っています。
つまり、「特別支援教育=自立活動を行うこと」と言ってもいいくらいです。
上記の表の通り、特別支援学級でも通級でも、自立活動の指導は必ず行わないといけません。
なぜ自立活動が重要かと言うと、これによって「学校で話す練習をする」というのが「正規の教育課程の一部として行われる」ことになるからです。
「話す練習」は学校教育とは関係ないことではなく、教育課程の一部として、学校が責任をもって行わないといけないことなのです。
5.教育支援委員会
教育支援委員会は、市町村教育委員会に設置されている、児童・生徒が特別支援学級や通級の対象になるかどうかを話し合う会議です。
教育学や医学、心理学の専門家など、外部の専門家も参加しています。
就学先を最終的に決定するのは教育委員会ですが、特別支援学級や通級の利用が適当かどうかの実質的な判断はこの教育支援委員会で検討されます。
通常、以下のような手順で話が進んでいきます。
保護者からの利用の申請
↓
校内委員会で検討(学校内の会議)
↓
諸検査や行動観察により資料作成(教育委員会の担当者が行うことが多い)
↓
教育支援委員会で検討(年に何回か開催される)
↓
市町村教育委員会が最終的な判断
↓
保護者・本人との合意形成
↓
利用開始
つまり、判定までにはけっこう時間がかかるということです。
制度上は年度の途中からでも利用を開始することが可能ですが、年度のはじめから利用開始になるケースが多いです。
例えば:
小学校に上がるときに特別支援学級の利用を申請しようか迷ったが、はじめは通常の学級でスタートした。しかし夏休み頃から色々難しさが出てきたので、担任の先生と相談を始めた。しばらく様子を見ましょうと言っていて話が進まず、結局正式に小学校に利用の意思を伝えたのは2学期末になった。検査結果や診断書等の資料が必要であり年度内の教育支援委員会には間に合わなかったため、2年生になってから会議にかけることに。翌年度の最初の教育支援委員会で特別支援学級の判定が出たが、年度途中での入級はできないと言われ、利用開始は3年生からになってしまった。
こういったケースも考慮し、早めに話を進めていくことが大切です。
まとめ
学校との連携のために知っておくと役に立つ用語の解説を行ってきました。
それぞれについてより詳細な説明が必要なところや、実際の活用の仕方、上手くいかない場合の裏ワザなどが色々あります。
また今後の記事で解説していきたいと思います。
【注意点】
この記事の内容は、日本の一般的な学校教育を念頭に書いています。
日本の学校でも、私立の学校などの場合は当てはまらないことがあります。
【学校との連携④】担任の協力が得られる場合は、特別支援学級・通級は不要か
前回は学校の先生に協力してもらう場合は、特別支援学級や通級を利用すると進めやすいという話をしました。
しかし実際には、特別支援学級や通級を利用していなくても、担任の先生がとても協力的で放課後の話す練習などにもつきあってくれる、というケースも少なくありません。
こういった場合は、それで十分に練習が進められるようでしたら特別支援学級や通級は利用しなくてもよいかもしれません。
ただ私の場合、そういうケースでも特別支援学級の通級の利用をお勧めすることは多いです。
その理由は、「今できていることが、来年度もできるという保証がないから」です。
担任が替わると、できていたことができなくなるケースもある
担任の先生がとても協力的で、毎週放課後に話す練習の時間をとってくれたり、交換ノートをしてくれたり、授業中も細々とした配慮をしてくれたりするということはよくあります。
そういうケースでは、緘黙症状は改善に向かうことが多いでしょう。
専門家の力を借りなくても、丁寧に子どもと関わりながらできそうなことを模索していけば、緘黙症状は改善していくものです。
ところが、学年が上がって担任が別の先生になると、これまでできていたことが途端にできなくなってしまうというケースをよく見かけます。
それは、「担任の先生」というのがその子の状態を大きく左右する「環境因子」だからです。
「放課後の話す練習」も「交換ノート」も、忙しい業務の合間を縫って、担任の先生のボランティア活動によって行われていたものです。
次年度の担任の先生が同じように対応してくれるかは分かりません。
特別支援学級や通級を利用していれば、計画は引き継がれる
一方、特別支援学級や通級を利用している子であれば、このように年度の替わり目で計画が途切れてしまうことは(制度上は)ありません。
支援計画は年度をまたいで作られるものですし、仮に担当者がすべて替わっても計画は必ず引き継がれます。
「放課後、担任の先生と話す練習をする」というのが計画に書き込まれていれば、4月から練習を開始することもできるのです。
もちろん3月までできていたことを4月の最初の週からできるとは限りません。
1から関係を築き直していくために時間がかかるケースもあるでしょう。
ただそれは通常の学級でも同じことですので、計画の継続性を考えればやはり特別支援学級や通級を利用していた方が、より効果的に練習を進められることは間違いありません。
【注意点】
この記事の内容は、日本の一般的な学校教育を念頭に書いています。
日本の学校でも、私立の学校などの場合は当てはまらないことがあります。