【ブログ】「話せるようになる」ための500の方法
【解説】録音を使った練習の進め方(前編)
こちらの記事で、録音で練習した事例を紹介しましたので、今回は「録音を使った練習」について解説します。
「録音を使った練習」
【使いやすさ】★★★★★
「録音」は話す練習でもっともよく使う方法の1つで、上手に行えばとても効果があります。
この記事では、
・録音を使った練習のメリット
・お勧めの道具
・録音から「会話」につなげる方法(後編で紹介します)
・録音を使った練習の注意点(後編で紹介します)
を紹介します。
録音を使った練習のメリット
録音を使った練習が他の練習方法より優れている点がいくつかあります。
◎自宅でできる
◎いつでもできる
◎一人でもできる
○途中のステップが設定しやすい
○コミュニケーションの練習につなげやすい
◎がついたはじめの3つは、他の練習方法にはない録音ならではの長所です。
録音の練習は自宅で好きな時間に行うことができる訳ですが、考えてみればこれは緘黙症状のある人の「話す練習」にとっては非常に大きなメリットになります。
場面緘黙の症状のある人のほとんどは、家では普通に話すことができます。その普通に話せる状態で練習ができるのが、録音を使った練習の強みです。
また録音自体は一人でもできるので、練習の回数も他の方法よりもたくさん設けることができます。
協力者があまり時間をとれない場合にも有効です。
従って、色々な練習方法の中で「行いやすさ」という点で最も優れているのが、録音を使った練習だと言っていいでしょう。
「途中のステップが設定しやすい」「コミュニケーションの練習につなげやすい」は、他の練習方法にも共通して言えることです。
「録音の練習でどうやって途中のステップを設定するの?」と思う方もいるかもしれませんが、それは後ほどご説明します。
お勧めの道具
では録音をするときのお勧めの道具は何でしょうか。
スマホ、ICレコーダー、タブレットなど色々ありますが、私は基本的には「使いやすければ何でもいい」と思っています。
その人にとって使いやすいものを使うのが一番です。
<スマホ>
中学生や高校生でスマホを持っているなら、自分のスマホを使うのがお勧めです。
使いやすいだけでなく、そこから先の話す練習につながるからです。
スマホで録音する練習をすれば、スマホで話す練習につなげていきやすいと思いませんか?
特に、録音したメッセージを機械から再生するのではなく、LINEなどを使って音声ファイルを送って聞かせる場合には最適な道具と言えます。
親のスマホでも基本的には同じですが、「使いやすさ」という点では少し劣りますね。
本人のしたいときに練習できる、というのが重要な要件になるケースもあります。
<学校のタブレット・ノートPC>
学校から支給されているタブレットやノートPCでも、もちろん構いません。
「音読を聞かせる」「発表の練習」など、担任の先生に協力してもらって、学習活動の一部として話す練習を行う場合にはお勧めです。
せっかく道具があるのに、「学校のタブレットではメッセージの送信ができない」「そもそも学校のタブレットを持ち帰れない」といった時代遅れのローカルルールが足かせになるケースもあります。
この場合は「合理的配慮」や「個別の指導計画」といった視点から例外的な対応を認めてもらうように話を進めることもできますが、私としては別に学校のタブレットである必要はないと思っていますので、学校がダメと言うならはいそうですか、と別の道具を使うことをお勧めします。
<ICレコーダー>
ICレコーダー(ボイスレコーダー)も性能のいいものが安く手に入るようになりましたので、練習用に1台購入するのもありです。
ICレコーダーを使った方がいいケースとして、録音を聞かせる際に音声データで送るのではなく、機械そのものを渡して聞いてもらう方法をとる場合があります。(例:家で録音して、翌日担任の先生に渡して別の部屋で聞いてもらう)
この場合はやはり専用のICレコーダーが1つあった方がいいでしょう。
ちなみにこれは学校のタブレットでもできますが、ICレコーダーの方が持ち運びがしやすいという長所があります。
持ち運ぶがしやすい方が継続しやすいですし、朝先生にこっそり渡すのもしやすいです(タブレットだと渡すときに目立ちます)。
<その他>
・おもちゃ
録音と再生ができるおもちゃ、たくさんあります。
音質や形状などは様々ですが、使いやすいものがあったらおもちゃでもいいですね。
「ボイスチェンジャー」機能がついているおもちゃもあって、これも場面によっては意外と活躍したりします。
・「ボイスメッセージが送れる子ども見守りGPS」
スマホと連動させて子どもの位置情報を把握する道具ですが、最近はボイスメッセージを送る機能がついているものがあるようです。
もしすでにこれを使っているご家庭では話す練習にも活用できますね。
「学校にもってきちゃダメ」と言われないのが長所かも?
・「親の使い古したスマホ」
新しいスマホに替えた際に、古い機械がそのまま残っていることがあります。
古い使わなくなったスマホでも、Wifiがつながれば電話以外のかなりの機能がそのまま使えます。実は高性能なお役立ちアイテムなのです。
・「VOCA」などのコミュニケーション・エイド
VOCAというのはコミュニケーションを支援するための機器の総称で、STや特別支援学校の先生などの専門職が使います。
昔はコミュニケーション支援と言えばVOCAは代表選手だったのですが、今はスマホやICレコーダーがあるので、わざわざ専用のVOCAを使う必要はほぼ0ですね。
ここまで、「録音を使った練習のメリット」と「お勧めの道具」について説明してきました。
後編では、録音から「会話」につなげる方法、そして忘れてはいけない注意点について説明します。
【注意点】
ここに書いてある方法は、効果のある場合もありますし、そうでない場合もあります。
書いてある方法を機械的に実践しても上手くいきません。
練習メニューを考えるにあたっては、様々な要素を慎重に考慮した上で、個々に応じた方法を選択するようにしてください。
【高校生、男性】録音を聞かせる練習からオンラインでの会話へ
【対象】まことさん(仮名)男性
相談開始時は高校1年生
【概要】
スマホでメッセージを録音してメールで送ってもらう、という練習をしました。もともとは友だちと練習する計画だったのですが、友だちがあまり頻繁に練習に協力してくれなかったため、私にメッセージを送ることになりました。徐々にステップを上げていき、この練習を開始してから3ヶ月ほどでZoomの面談時に録音ではなく直接声での応答ができるようになりました。
【練習の経過】
まことさんは強い緘黙症状があり、家族以外と話すことができません。高校1年生のときに私との面談を開始しました。本人には「話せようになりたい」という意思があったので、本人と相談しながら練習を進めていくことになりました。(なお面談では直接私と話すことはできません。カメラ・マイクOFFにしてお母様と相談してもらう、という形で本人の意思を聴き取っていきました)
当初の目標は「友だちと話せようになりたい」。まことさんには声では話せないですがオンラインゲームを一緒にやったりする友だちがいます。ゲーム中も話すことはできませんが、この友だちと話せたらいいなということで目標に設定しました。
練習の方法をまことさんと色々相談していく中で、「録音した声を聞かせるならできるかもしれない」と分かり、試してみることにしました。何もないところから録音を送るよりも、「友だちから質問してもらってその答えを返す」方がやりやすそうだということで、友だちに協力をお願いして練習をしていくことになりました。
実際にやってみると、友だちからの質問(好きなゲームの話題など)に単語で答えを録音して、送信して聞かせることができました。不安レベル(どのくらいその行動の不安度が強いかを1~5で記録してもらっています)も1や2のことが多く、無理なく練習が続けられることが分かりました。
ですがここで1つ大きな問題がありました。友だちがあまり練習に協力してくれず(拒否ではなく、単に頻度が多くないだけ)、練習が進んでいかないのです。
話す練習をどのくらいの頻度で行うかは人によって異なりますが、どのケースでも「最低でも2週間に1回(月に2回)」は行うように説明しています。本当は週に1回くらいできた方が成果はでやすいのですが、相手の都合で毎週はできないというケースはよくあります。それでも「2週間に1回」を下回ると、練習の機会が少なすぎて成果がでづらくなります(例えば2学期の4ヶ月間でも、2週間に1回のペースだと10回も練習できません)。ですので、現実的に練習の頻度が「2週間に1回」を下回るような場合は、練習の方法自体を見直して、より回数ができる練習方法がないかを検討することにしています。
さて、まことさんの場合はどうだったかと言うと、少ないときは月に1回くらいしか練習ができませんでした。このため面談(3ヶ月に1回くらい)の度に練習の相手や方法を見直した方がよいか、ということを本人と話し合いました。やはりまことさんとしては友だちと話せるようになりたいという思いが強く、しばらくは友だちに録音を聞かせる練習を継続しました。
しかし高校卒業も近づいてきて、受験勉強などもあり友だちに協力してもらうのはさらに難しくなっていったため、練習方法を変えて私(高木)と話す練習を行うことになったのです。
そこからの経過の概要は次の通りです。
<ステップ1>
練習「メールでの質問に対して、3日後までに音声で録音して返事を送る。頻度は週3回ほど」
最初のお題は「まことさんの好きなゲームについて教えてください」。
→1ヶ月で9回実施。いずれも不安度は1だったため、次のステップに行くことを検討。
<ステップ2>約1ヶ月後~
練習「オンライン面談中に、メールでの質問に対して、音声で録音して返事を送る」(カメラ・マイクはOFFにした状態で録音)
質問は「お昼に食べたものは何ですか」など。
次回の面談までの間、録音して送る練習も継続。
→オンライン面談2回分で練習を実施。不安レベルは2~1となったため、次のステップを検討。
<ステップ3>約3ヶ月後~
練習「オンライン面談中に、リアルタイムで音声で返事をする」(カメラOFF、「はい/いいえ」で答えられるものから開始)
質問は「今日は学校に行きましたか?」「これからゲームはしますか?」など。
→この練習でオンライン面談を数回続け、「はい/いいえ」以外での返答もできそうだということで「しりとり」や「単語で答える質問」なども実施。
・・・このようなステップを経て、私とはオンライン面談中に音声で応答することができるようになりました。小さいときから考えても、家族以外と話せたのは初めてのことだそうです。
もちろんこれで練習が終了ではありません。今度は友だちと話せるようになることを目指して練習していくことになります。幸い、私と話す練習を行う前よりも、本人の中で話せそうだという感じが増したようです。何とか高校卒業までに、友だちと話せるところまでいけたらいいなと思います。
【解説】
比較的緘黙症状の強い高校生のケースでした。高校生で強い緘黙症状があると対応が難しい、と感じる方も多いと思いますが、このように本人とのコミュニケーションができればカウンセリングを進めていくことはできます。
この事例を通じて、「高校生でも緘黙症状は治る」ということを知っていただけたらと思って紹介しました。
まことさんは、私がこれまで関わってきた場面緘黙の方の中では非常に珍しいケースです。何が珍しいのかというと、私が直接「話す練習」の相手をしたからです。
いつも私がお勧めしている「話す練習」では、練習する相手は友だちや担任の先生など、私以外の人になります。思い出してみても、私が話す練習の相手をしたケースというのはこれまでに4、5人しかいません。
私ではなく友だちや先生を練習の相手にする理由は、「本人がそれを希望するから」です。
「いちりづか」でお勧めしている練習方法はこちらの記事に書いておきましたが、簡単に言うと「本人が話せるようになりたい相手と話せるようになることを目指す」というものです。
ですので最初に本人が目標を設定して、それからその目標を達成するための方法を本人と一緒に考えます。そうすると必然的に、私とではなくその相手と練習をすることになるのです。
それでは、カウンセラーと話す練習をすることになるのはどういうケースでしょうか。
それは「本人がカウンセラーと練習をすることを希望した」か、「他に練習の相手がいなかった」かのいずれかです。まことさんの場合は後者でした。
では、まことさんとの話す練習が上手くいった理由を考えてみましょう。
こちらの記事で緘黙症状改善のための3要素【WPC】について述べましたが、まことさんの場合はどうだったでしょうか。
【W(本人の意思)】本人が「話せるようになりたい」と思っていた
【P(綿密な計画)】面談で本人とのやりとりができ、一緒に計画を考えることができた
【C(関係者の連携)】練習が継続して行えた
はじめはWとPはクリアしていましたが、C(友だちの協力)ができていませんでした。
そこでCの部分を計画を見直し、「高木と話す練習をする」という形でC(関係者の連携)の問題を解決した、ということです。
【注意点】
事例の紹介にあたっては、本人及び家族の同意を得ています。
ただし個人に関わる情報ですので、転載は絶対にしないでください。
また必要に応じて細部を改変していますので、事実と異なる場合もあります。
この事例の紹介はあくまで個別のケースに対して上手くいった方法です。
同様の方法を行っても、他のケースに対しては効果がない場合もあります。
練習メニューを考えるにあたっては、様々な要素を慎重に考慮した上で、個々に応じた方法を選択するようにしてください。
【WPC】緘黙症状改善のための3要素
これまで色々なところで場面緘黙への対応について書いたり話したりしてきました。
色々書いても、根幹にある考え方は変わらないので、私は基本的にいつも同じことを言っていることになります。
今回はこのブログのために、それを改めてまとめ直してみました。
これまでの臨床経験を通じて私が考えた緘黙症状改善のために必須な3要素、名づけて【WPC】です。
「緘黙症状改善のための3要素【WPC】」
【確信度】★★★★★以上
この3要素【WPC】がすべて揃えば、ほとんどの緘黙症状は改善させることができると考えています。
反対に言えば、緘黙症状の改善が上手くいかないとしたら、この3つの要素のいずれかが欠けているということでしょう。
上手くいっていないケースでは必ず、この3要素のどこれか1つ以上に問題があるはずです。
では3要素を詳しく見ていきましょう。
1.本人の意思(Will)
もし緘黙症状改善に必須の条件を1つだけ挙げるとしたら、それは何をおいても「本人の意思」です。
「話せるようになりたい」という思いが、緘黙症状改善のための最大の原動力になります。
緘黙症状改善の必須の条件であるということは、ここが緘黙症状改善のための最大の難関でもあるということです。
正直に言いうと、私がこれまで関わってきた数多くのケースの中には、上手くいかなかったものもあります。緘黙症状改善に至らずに、相談や関係が途切れてしまうというケースです。
そういったケースに共通するのは、「話せるようになりたい」という本人の意思を上手く引き出せなかったことでした。
本人の意思がなければ(=本人が話せるようになりたいと思っていなければ)、緘黙症状の改善はあり得ないと私は思っています。
ただし私は、本人が「話せようになりたい」と思っていないケースは、実際には稀だと考えています。
多くの場合、本人の意思がないのではなく、親や教師や臨床家がその意思を上手く引き出せていないのではないかと考えているのです。
これについては関連する内容をこちらにも書きました。
2.綿密な計画(Plan)
本人の意思と同じくらい重要なのが、「綿密な計画」です。
本人の「話せようになりたい」という意思があっても、しっかりした計画がなければ緘黙症状は改善しません。
本人が「話せようになりたい」と思っていて親や学校の協力もあって練習をしているのに改善していかない、というケースのほとんどはこれが原因でしょう。
「本人のやりたい練習ではない」、「目標と練習の内容があっていない」、「練習の難易度が適切でない(難しすぎる/優しすぎる)」、「練習内容が現実的でない(計画だけで実際には練習の機会が作れない)」などのパターンがあります。(関連する内容をこちらに書きました)
同じように、「カウンセリングに通っていても症状が改善しない」というのも、そこで考えられている計画そのものに問題があるケースは多いです。
同語反復のようでもありますが、「練習が上手くいかないのは、上手くいく練習の計画になっていないから」ということです。
では「綿密な計画」はどのようにすれば立てることができるでしょうか。
それにはかなり多岐にわたる説明が必要ですので、簡単に述べることができません。
この「いちりづか」のサイトの色々なところにも書いていますので、隅から隅まで読んでいただければ、かなり理解できるとは思います。
また拙著「臨床家のための場面緘黙改善プログラム」(学苑社、2021年)により体系的に書いておきましたので、詳しく学びたい方はご覧下さい。
ただこれについてはマニュアルというのはなく、最終的には一人一人ひとりにあった計画を考えていかなければならない性質のものです。本人や家族だけで難しいと思ったらためらわずに専門家の力を借りることをお勧めします。
3.関係者の連携(Cooperation)
必須の要素の3つ目が、関係者の連携です。
本人の意思があって、綿密な計画があっても、それが実行できるためには学校や職場などの関係者の連携と協力が不可欠です。
子どもの場面緘黙の場合、緘黙症状から生じる問題のほとんどは学校で起きていることです。
もちろん学校以外でも緘黙症状は生じますが、問題の質においても量においても、学校で困ることが圧倒的に多いです(習いごとなら困ったら行かなければ済みますが、学校はそうはいきません)。
ですので緘黙症状の改善は、学校で(大人の場合は職場など緘黙症状が起きているところで)行う必要があります。
学校での緘黙症状の改善(=学校で話せるようになること)を目指すとすれば、学校との連携は必須です。
誰と、いつ、どの時間に練習をするのか、担任の先生に何を協力してもらうのか、学校はどのように条件を整えればよいのか。
そういったことをしっかり相談して、実践していくことが求められます。
病院等の専門機関だけでは緘黙症状が改善しないケースがある理由も、ほとんどはこれだと思っています(関連する内容をこちらにも書きました)。
専門機関にかかっている場合も、必ず学校との連携について具体的に計画を立てるようにしましょう。
【注意点】
ここに書いてある方法は、効果のある場合もありますし、そうでない場合もあります。
書いてある方法を機械的に実践しても上手くいきません。
練習メニューを考えるにあたっては、様々な要素を慎重に考慮した上で、個々に応じた方法を選択するようにしてください。
【連載:場面緘黙と不登校】第4回 背景にある要因:氷山モデルで考える
では場面緘黙と不登校の背景にある要因を考えてみましょう。
第3回の記事では場面緘黙と不登校に共通する要因について述べましたが、それ以外に「主に場面緘黙に関わる要因」や「主に不登校に関わる要因」もあります。
また要因は単一のものではなく、様々なものが存在しています。
そこで図をこのように描き変えておきましょう。
これは厳密な意味ではなくあくまで感覚的な話ですが、両者に共通する要因の方が、場面緘黙や不登校だけに関わる要因よりも多いと考えています。
つまり場面緘黙の要因になることの多くは不登校の要因にもなる、ということです。
ではここからが本題です。
今回は場面緘黙や不登校の背景にある要因を理解するために、「氷山モデル」という考え方で説明します。
まず先に、場面緘黙を例に考えてみましょう。
場面緘黙の背景にある要因
氷山の水上に出ている部分が周りから見えている問題(=緘黙症状)です。
水面の下には、その背景に目に見えない様々な要因が存在しています。
<本人側の要因>
場面緘黙の場合、「不安や緊張の感じやすさ」「繊細さや敏感さ」といった、本人の気質や性質の要因が大きいと考えられています。
また人によっては、言語やコミュニケーションの能力に苦手さがあることもあります(もともと話すのが苦手、文を作るのが苦手、人と関わるのが苦手、声が出しにくい、その国や地域の言語が十分に使えない、など)。
吃音や構音障害のような、「言語障害」と呼ばれる問題が関わっているケースもあります。
「自閉スペクトラム症」のような、その他の発達障害が背景にあるケースも少なくありません。
要因と呼ぶべきかは議論の余地がありますが、「社交不安」や「分離不安」といった不安症を併存しているケースも多いです。
<環境側の要因>
またこのような本人側にある要因だけでなく、本人の外側にある「環境側の要因」も重要です。
相手の態度や話し方、相手との関係、時間や場所、適切な支援や配慮の有無、音や匂い、話し声等の環境の刺激、など様々な条件が影響します。
こういった様々な要因が相互作用した結果が、表に出てくる「緘黙症状(話せなくなってしまうこと)」なのです。
もちろん、どの要因がどの程度影響しているかは人によって異なります。
不安が強い場面緘黙の子もいますし、言語の問題が大きい子もいますし、自閉スペクトラム症の症状と捉えた方が適切なケースもあります。
本人側の要因よりも、環境側の要因によって緘黙症状が続いてしまっているケースも少なくありません。
不登校の背景にある要因
では次に不登校について考えていきましょう。
場面緘黙と同様、不登校の背景にある要因も多様です。
話を簡単にするために先に述べておくと、まず上で書いた場面緘黙の背景にある要因の大半は、不登校の要因にもなりうると考えて構いません。
<本人側の要因>
・「不安や緊張の感じやすさ」「繊細さや敏感さ」といった、本人の気質や性質の要因
・「自閉スペクトラム症」のような、その他の発達障害が背景にあるケース
・「社交不安」や「分離不安」といった不安症を併存しているケース
<環境側の要因>
・相手(教師やクラスメイト)の態度や話し方、相手との関係
・時間や場所(行きづらい場所や時間帯)
・適切な支援や配慮の有無
・音や匂い、話し声等の環境の刺激、など
上記の中で不登校の要因から除外したものは、「言語やコミュニケーションの能力の苦手さ」と「言語障害」です。
(もちろん吃音や構音障害が不登校の要因になることもあるでしょうが)
これを考えれば、場面緘黙と不登校が同時に出てくることが多い理由はお分かりいただけると思います。
また、上記以外にも不登校の背景となる要因は多数存在します。
・上記以外の心身の問題:起立性調節障害、過敏性腸症候群、適応障害、パニック症、身体愁訴、など
・学校生活に起因する過剰な負担や刺激:学業や部活、その他の学校生活上のできごと、など
・本人の意図的な怠学や学校の拒否、など
これらは場面緘黙の要因にはなりにくい、不登校側の要因と言えます。
背景にある要因:まとめ
ここまでの内容を図にまとめると、以下のようになります。
かなり単純化してありますので、これだけですべての場面緘黙と不登校の問題を説明できるわけではないですし、よく当てはまらないケースもあるでしょう。
それでもこれからこの問題を考えていくための大まかな見取り図にはなると思います。
さて、ここまで前置きが長くなりましたが、場面緘黙と不登校がいかに密接に関係しているかがご理解いただけたのではないでしょうか。
ではいよいよ次の記事からは、対応方法について考えていきたいと思います。
【連載:場面緘黙と不登校】第3回 場面緘黙と不登校の「関係」
場面緘黙と不登校の「関係」:どちらが原因でどちらが結果か?
では次に、場面緘黙と不登校の「関係」を考えていきましょう。
不登校になってしまう場面緘黙の子は多いことが分かりましたが、では「場面緘黙があるから不登校になる」のか、「不登校だから場面緘黙になる」のか。
これについては客観的なデータはありませんが、私の臨床経験からはいくつか考えられることがあります。
まずどちらが原因でどちらが結果かについては、論理的に考えて以下の4つのパターンがあります。
1.AがBの原因(場面緘黙があるから不登校になる)
2.BがAの原因(不登校だから場面緘黙になる)
3.AとBに共通する原因Cがある(他の要因があり、場面緘黙にも不登校にもなっている)
4.AとBとに共通する原因はない(両者は関係がなく、たまたま場面緘黙にも不登校にもなっている)
論理的には4.もあり得ますし、そういったケースもなくはないでしょうが、あまり考える意味がないのでここからの考察では除外します。
ここからは1.~3.のケースについて考えていきましょう。
と言ってもこれはあくまで話を整理するための単純化であって、実際に1.~3.のどれなのかを区別するのは難しいです。
なぜなら場面緘黙にしても不登校にしても、分かりやすい1つの原因があってそうなっている訳ではなく、様々な要因が相互に影響し合って現在の状態となっているからです。(この考え方は非常に重要で、今後も度々出てきます)
ただ敢えて言うとすれば、私の臨床的な感覚ですが「3.AとBに共通する原因Cがある」が最も多いと思います。
この場合の「共通する原因C」とは、「強い不安症状」「感覚過敏」「環境側の要因」など、両者に共通する要因が考えられます。詳細については、長くなるので別の記事で述べます。
次いで「1.AがBの原因(場面緘黙があるから不登校になる)」の傾向が強いケースに出会うこともあります。これは、わりとはっきりと「話せないから○○が嫌で学校に行きたくない」のように緘黙症状が不登校の原因になっているケースです。そしてこの場合は緘黙症状が原因な訳ですから、緘黙症状の改善から取り組むと上手くいくことが多いです。
一方「2.BがAの原因(不登校だから場面緘黙になる)」は比較的稀です。これは「不登校になっている子のほとんどは場面緘黙にはないっていない」ということからも明らかでしょう。
とは言え場面緘黙を中心とした臨床ではやはり出会うことがあります。「不登校になる前は緘黙症状やその傾向はまったくなかったが、学校に行けなくなってから外で話せなくなってしまった」といったケースです。ただしこの場合、何もないところから不登校を原因にして緘黙症状が生じたと考えるよりは、もともと緘黙症状を発現させる要因が潜在的に存在していて、それが不登校を契機に顕在化したくらいに捉える方がよいと思っています。
そして1.と2.のいずれの場合についても言えるのが、「共通する原因C」が全く存在しないということはおそらくない、ということです。どちらかの原因になり得る要素(不安症状や感覚過敏や環境側の要因など)があれば、それはほとんどの場合もう一方の原因にもなり得るからです。
では場面緘黙と不登校の背景にある「共通する原因C」とは一体何でしょうか。
それを考えるためには「場面緘黙になる要因」と「不登校になる要因」をそれぞれ検討していく必要があります。
なお、ここまで話を分かりやすくするために「原因」ということばを使ってきましたが、そもそも場面緘黙にも不登校にも単一の分かりやすい「原因」が存在している訳ではありません。
「場面緘黙の原因」「不登校の原因」というのは大きな誤解を招く表現なので、ここからは「原因」は使わずに「要因」で統一して使っていくことにします。